多くの自動車はフロントにエンジンを搭載しているため、フロントがリヤより重くなります。
逆にMRやRRのような特殊な車は、車体後部にエンジンを搭載しているため、前後重量配分がリヤ寄りになります。
このように車の前後重量配分はエンジンの搭載位置によって大きく左右されます。また、駆動方式によっても重量配分が変化します。
そこで、FR、FF、4WD、MR、RRの駆動方式の違いと前後重量配分について考えてみたいと思います。
メルセデス・ベンツの前後重量配分
メルセデス・ベンツの前後重量配分はFR(フロントエンジン・リヤドライブ)の場合、車種によって違いがあるものの、概ね「Front 53 : Rear 47」前後。
BMWの前後重量配分は伝統的に「Front 50 : Rear 50」。
この両社の違いが興味深いところ。
FRやFFは一番の重量物であるエンジンがフロントに搭載されているため、自ずとフロントが重くなります。しかし、走行風は自動車のフロントから入ってくるため、FRやFFはラジエーターやコンデンサーの冷却の面で理想的なレイアウト。
FRの場合、フロントが重くなると、リアタイヤの荷重が減少してトラクション性能に影響を及ぼします。
かと言って、メルセデス・ベンツはBMWのように前後50:50を採用しないことからも、操縦安定性やドリフト時のコントロール性、居住性等を総合的に勘案して決定しているのでしょう。
しかも、メルセデスやBMWは、重量物であるバッテリーの搭載位置がよく考えられています。
車種によっては、エンジンルームのキャビン寄りのバルクヘッド部やトランクルームにバッテリーが搭載されている場合もあります。
欧州車はオーバーハング部分(タイヤの中心からバンパーの先端まで)になるべく重量物を搭載しないように設計されていることからも、慣性マスの集中化がよく考えられています。
前後重量配分の計算方法
車検証に「車両重量」と「前前軸重」の記載があります。一例として、車両重量1,500kg、前前軸重800kgでしたら、
800kg × 1/1,500kg = 0.5333…
車両重量に対する前前軸重の割合は53%。よって、後後軸重の割合は47%です。
BMWの前後重量配分
BMWのFRの前後重量配分は伝統的に「Front 50 : Rear 50」。
BMWのキャッチコピーは「駆けぬける歓び」であり、伝統的に前後重量配分に拘りを持っている自動車メーカー。
BMWのエンジンフードを開けると、エンジンが可能な限りエンジンルームの後方(キャビン寄り)に搭載されていることが確認できます。そこで、BMWのモデルによっては、重量物であるバッテリーがトランクルームに設置されていることもあります。
自動車にとって、理想的な前後重量配分が「50:50」なのかどうかは、エンジニアの領域の話。BMWらしい走りを実現するためには「50:50」がベストなのでしょう。
なお、エンジンをキャビン寄りに搭載すると、トランスミッションも押し出されて後方に移動します。結果的に、フロントシートの足元が狭くなってしまうトレードオフの関係にあります。
FFの前後重量配分
多くのFF(フロントエンジン・フロントドライブ)の前後重量配分は「Front 60 : Rear 40」前後。
HONDAのオフィシャルサイトには、FFの理想的な前後重量配分はFront 60 : Rear 40とありますから、これが黄金比率に近いのでしょう。
FF車はフロントタイヤを駆動するため、フロントタイヤにある程度の荷重を与える必要があります。かと言って、フロントが黄金比率以上に重くなると、ハンドリングに影響を及ぼします。
フロントがやや重いFRとFFは、一般のドライバーにとってコントロールしやすい前後重量配分。また、ラジエーターとコンデンサーをフロントグリル内に設置することで、冷却が容易。
更に、エンジンが横置きのFFはキャビンが広く、プロペラシャフトが不要。
なお、リヤが軽いFFは、急制動時にリヤタイヤの荷重が減少しやすくなります。よって、ブレーキ性能や緊急回避性能では、他の駆動方式の車両より若干不利になる傾向があるようです。
4WDの前後重量配分
4WDの前後重量配分は「Front 60 : Rear 40」前後。車種によって多少の幅があります。
絶対的なスタビリティで優位な4WD。
4WDはμの低いウエット路面や雪道、オフロードでのスタビリティが高く、走行安定性が高い特徴を持ちます。
なお、本格的な4WDは前後にデフ、センターデフを搭載することもあり、部品点数増加による重量増がデメリットではあります。
RRの前後重量配分
RR(リヤエンジン・リヤドライブ)と言えば、真っ先にポルシェが頭に浮かぶことでしょう。RRの前後重量配分は「Front 40 : Rear 60」前後。
この前後重量配分は、FFと逆。
RR車のエンジンはリヤに搭載されていることもあり、リヤタイヤのトラクション性能は抜群です。しかも、急制動時、荷重が軽いフロントに加わるため、4本のタイヤに適切な荷重がかかりやすくなります。
よく、RRポルシェのブレーキは世界一と評価されます。勿論、ポルシェは高級なブレーキシステムを採用しています。
そして、ポルシェのブレーキシステムが高く評価されるもう一つの理由は、前後の重量配分が大きく関係していると考えられます。
RRはリヤタイヤの上に重いエンジンを搭載しているため、急制動時にリヤのブレーキを上手に使うことができます。要は、RRは急制動時にFFのようにリヤタイヤのトラクション不足に陥りにくいため、フロントとリヤブレーキの両方でガツーンと制動Gを立ち上げることが可能。
物理的な理由からも、RRは急制動に強いと言えます。
なお、フロントが軽いRRはコーナーのターンインでアンダーステアが出やすく、リヤタイヤが流れ出したら、なかなか止まらない物理的な運動特性を持っています。RRのオーバーステアは危険であるため、RRポルシェのリヤタイヤは伝統的にフロントに対して極太。
管理人が子供の頃、ポルシェのプラモデルを作っていて、リヤタイヤの太さに惚れ惚れした記憶があります。管理人が大人にって、ようやくその理由が分かったのです。
なお、RRはフロントが軽いため、太いタイヤはウエット路面でハイドロプレーニング現象が発生しやすく、雨の高速道路は得意とは言えません。
MRの前後重量配分
MR(ミッドシップエンジン・リヤドライブ)の前後重量配分は「Front 40~45 : Rear 60~55」あたり収まっています。
ピュアスポーツカーの理想はMRで2WDという意見もあるようです。MRの場合、キャビンの直後にエンジンを搭載する以上、RRほどではないもののリヤが重くなります。
MRは自動車の旋回軸の近くにエンジンを搭載しているため、最も運動性能が高い方式。よって、世界のスーパースポーツカーの多くはMRを採用しています。
なお、フロントが軽いMRはRRと同様、ドライビングによってはコーナーのターンインでアンダーステアが出やすく、リヤタイヤが流れ出したら、止まりにくい運動特性を持っています。
MRのオーバーステアは危険であるため、MRのリヤタイヤはポルシェと同様、フロントに対して極太。
また、MRはRRと同様、フロントが軽いため、ウエット路面でハイドロプレーニング現象が発生しやすく、雨の高速道路は得意とは言えません。
雨の高速道路で高級スポーツカーが単独でクラッシュしてしまう理由の中の一つは、おそらくハイドロプレーニング現象でしょう。
日本のMR、三菱自動車 i(アイ)
かつて、三菱自動車がアイ(i)という可愛くて、恰好いい軽自動車を製造していました。
メーカーのカタログによると、iはMR。
実際、iのエンジンマウントの位置からもRRに近いMR。iは軽自動車としては異例とも言える凝った設計が与えられ、生産中止になっている今でも、コアなファンに支持されています。
ちなみに、iの前後重量配分は「Front 45 : Rear 55」。
最後に
エンジンの搭載位置と駆動方式(FR、FF、4WD、RR、MR)によって、前後重量配分と特徴にかなりの違いがあります。駆動方式によって、その自動車のパッケージングとキャラクターがある程度、決まってしまいます。
RRとMRはスポーツカーに特化した駆動方式のため特殊なレイアウト。
4名以上の乗車定員を確保するためには、FR、FF、フロントエンジン4WDのいずれかを採用することになります。
日本車の多くはFF。世界的な大衆車もFF。
FFはメーカーとユーザー共に多くのメリットがあるため、大衆車に適した駆動方式として定着しています。フロントが重いFFは直進安定性が高く、雪道でも運転が楽というメリットもあります。
しかし、走る、曲がる、止まる性能を高次元でバランスさせるとなると、FFの限界点が見えてきます。フロントタイヤの操舵という仕事に駆動の仕事をプラスしても、タイヤの摩擦円には限界があります。
しかも、自動車の加速時、リヤタイヤの荷重が増え、反対にフロントタイヤの荷重は減少します。この時、フロントタイヤのトラクションが低下します。
エンジンパワーが低い車であれば、FFで十分。しかし、FFにハイパワーエンジンを搭載すると、物理的に無理が多い自動車になるのは否めません。
その点、メルセデス・ベンツやBMWのクルマづくりの基本はFR。ジャガーやマセラティもFR。超高級車のロールスロイスやベントレーもFR。
自動車に求められる複数の要素を高次元でバランスさせるためには、FRが最適解ということになります。FRの採用により、室内空間が多少犠牲になっても、FRには数多いメリットがあります。
メルセデス・ベンツもBMWも、自動車にピストンエンジンを搭載する以上、今後もFRが基本でしょう。
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